喜多川平朗の着物の買取り相場はオークションではいくらなの?
喜多川平朗(きたがわ・へいろう)の着物売る事を検討しているなら、まずは相場価格を抑えておきましょう。
ネットオークションでの喜多川平朗の着物の買取り額を調べてみると、平均52,000円程度になります。
中古品の最高値は、袋帯が16万円で落札されています。
もちろんこの数字は目安にすぎません。
喜多川平朗を売るのならその価値が分かる査定員のいる着物買取店に見てもらうのがおすすめです。
こういったお店のほとんどが無料で査定に応じてくれるので、査定額が満足いくものだったら売る事を検討してみても良いでしょう。
喜多川平朗の着物の魅力は!?
喜多川平朗は、明治31年(1898年)に、京都府京都市で生まれました。喜多川平朗は本名ではなく、平郎です。
父親の喜多川平八も、西陣織の名匠として知られていました。歴史ある機家俵屋の家庭に生まれ、家をついでいます。
喜多川平朗で17代続く家系です。
江戸の末期に有職織物などを手がけていた家柄です。
学生時代は画家を志していました。
日本画を京都市立絵画専門学校で学び、日本画の素養があります。
兵役にゆき、除隊後は家業を継ぎました。高田義男氏と協働しながら、京都で工房を設立します。
昭和3年には、昭和天皇即位用の装束織物なども手がけました。伊勢神宮式年遷宮の織物や、衆議院、貴族院などの織物を制作するなど、精力的に活動しました。宮中や神社や神宮などへの調達品なども、喜多川平朗の手によるものが非常に多いのです。
古代染織品の復元事業でも、さまざまな作品を復元させ、歴史の復興に力を貸しました。
第2次大戦によって、戦争には行ったものの、復員し、また色々な織物を手がけています。
昭和31年、人間国宝に認められました。
人間国宝に、実は2度認められており、2つの技術を持っていることになります。文化功労者賞なども受賞しています。記録映画なども撮影されており、伝統工芸の第一人者として、後世に名を残しています。
昭和63年(1988年)に、自宅にて90歳で亡くなられました。最後まで精力的に活動し、宮中などで使われる作品を多く残しています。
紋織技法という技法を主に使っており、現代の生活に合わせた織物を作れるよう、努力をしてきた作家でもあります。
古典の世界に魅せられ、古代の染色方法を復元するなど、さまざまな伝統文化の復興に貢献しました。喜多川平朗によって、途絶えていた室町時代の織物の技法なども、現代に復活しています。
文様は優美で風格があり、ひし形の模様が特徴です。光の加減によって凹凸が変化を見せ、色あいが様々に変化する帯なども、良く知られています。
昔の公家が用いていた織物の技法を、現代に復活させ、資料がなかったものも見事に蘇りました。家業を継いで多忙な体でありながら、平安時代、室町時代の羅という織物に到達しています。
ちなみに羅では、北村武資が人間国宝として認定されています。
参考北村武資の買取
喜多川平朗の帯は、とてもいろいろな着物にマッチするため、高い人気を誇ります。昔の貴族が使っていた帯なので、ノスタルジックで昔風の着物などでも新しい着物などでも、とても合います。
着物が派手であっても、きゅっと締めた品格ある姿になることができます。
喜多川平朗の着物を高く売るコツ
ネットオークションは素人も混じっているため、喜多川平朗の価値が分かる人がいるとは限りません。
着物への深い知識を持った鑑定士のいる着物買取店に売るのが一番です。
人間国宝である喜多川平朗の着物は、落ち着いた色合いかつ繊細なデザインで人気があります。
ネットで誰かわからない人に売るよりは、専門の査定ができる業者に依頼して、その価値が分かる人に、受け継いでもらうと良いでしょう。